|
Antithese / 後編 |
|
木陰からは夕日が漏れて見える。芝生に寝転んでレオはそれを見上げていた。 そこへすっと、人影がかかる。 「お前はまた何をいじけてるんだ、唐突に。挨拶回りは終わったのか?」 「おわったー。お前もご挨拶ご苦労さーん。女ってわかんねーよな」 近付いてきているのは分かっていたので、唐突なお出ましでも驚かない。むしろ安堵するパートナーの顔に、レオは寝転んだままで答える。ロゥは端麗な眉を少しだけ動かして、それからレオの真横に腰を下ろした。 「……ちゃんとしろとかさーよけーなお世話っつーか何つーかオレにだって言い分も考えもあるんだよ」 「何の話だ」 「ちょっとむかつく事があった」 パートナーの顔を見てしまうと栓が緩んでしまうのか、レオは聞かれる前からぽつりぽつりと感情だけを零す。対するロゥも職業柄と長い付き合いでレオの尋問には慣れたもので、五分とかからない内にレオは覚えている限りの出来事を洗いざらい話していた。ついでに、先程ビナから聞いた情報も。 「流されて適当な付き合いをするから、そういう評価を受けるんだ」 両腕を組んでの第一刀はなかなか手厳しい。ようやく身体を起こしたレオは、ロゥと一緒に大きな木の幹に背を預けた。 「その女性の心理はオレにも良く分からないが、悪気があった訳でもないんだろう。その女性がお前のことを、今までも恐らくこれからも理解しないだろうというだけだ。――とは言っても、お前が意外に子供っぽくて独占欲が強いと知ったのはオレですら最近の話だ。無理はない」 「だぁれが子供っぽくて独占欲強いって? 言ってみろコラ」 「お前がだ。結局の所、お前は彼女を好きでも何でもなかった、それだけだろう。まぁそれもいつもの事だった訳だが、これからはそうはいくまい」 唸るレオから視線を流したロゥが、澄ました顔で結論を出した。 「いずれにせよ、オレの出番ではないな」 「見捨てる気かーオレの相棒のくせにー!」 恨みがましく八つ当たりしてもロゥはさっさと立ち上がってしまう。それを目で追ったレオは、その視線の先に気付いてしまった。 「焦りや不安があるならさっさと解決しろ。こんな事で仕事に支障が出たらかなわん」 「出ねーよ。っつか気にしてねーし」 「その点においては信頼しているが、それでも休憩時間の度にいじけられるのは御免だ」 顔を顰めたレオの感情を見透かしたロゥが笑ってみせる。他人からすれば仰天する程珍しいものだが、レオにとってはそうでもない。 座ったままのレオを置いて、ロゥはそちらへと向かった。そしてすれ違い間際に、二、三、言葉を交わし、その相手に微笑んでみせる。それを胡散臭くレオは眺めていた。 (何であんなに気に入ってんだかな、ロゥは) 本好きが功を奏したのか。それにしたって珍しい――先輩は、あれがロゥの好みなのだろうと言って笑っていたが。 「レオっあんた熱出して倒れたって、大丈夫なの!?」 「は? 何だそれ」 そしてロゥにこの場所を示されて滑り込むように一目散で駆けてきたカグヤが、レオの姿に目を丸くする。両手に清涼飲料水とスポーツドリンク握り締めたまま、カグヤは呆然と呟いた。 「……だって、カイロス捜査官が……」 「ゼス先輩にからかわれてんなよお前は。オレのどこが高熱で倒れた病人に見えるんだよ、大体何でいきなりそんな事になるんだよ」 「だ、だってまだ、一ヶ月だし……いきなり調子悪くしても、おかしくないし……」 「言ってるだろいい加減怪我人病人扱いはやめろって! だからゼス先輩に騙されるんだよ、馬鹿」 「……。だ、だからって普通そういう嘘吐く!? どうなっとるんだSSランクは!」 「そうやっていちいち真面目に反応するから、からかわれるんだっての」 レオの冷静な指摘にカグヤは柳眉を釣り上げたまま、それでも一応、黙り込んだ。どうやら自覚はあるらしい。 カグヤはSランクの階級章を付けていた。格好も、普段と殆ど変わらない。長い黒髪を二つに結わえた、昔から見慣れた格好の幼馴染みを、レオはじっと観察する。 気まずいのかやや警戒心を表情に出して口を開いた。 「……何よじっと見て。からかいやすいって馬鹿にしてるんでしょ、どうせ」 「お前、心配して走ってきたのかよわざわざ」 「だって吃驚したんだから! いきなり熱出して倒れて、でも平気だって本人が言うからって……」 「そもそもオレがそんな状態でゼス先輩がのんびり打ち上げなんか参加してっかよおかしいだろ。そこから疑えよ」 「そ、そうか。そうだよね」 変な所で納得し、落ち着き所を得たらしいカグヤが真面目に頷き返す。どちらかと言えばカグヤは周囲から知的な女性として扱われているのをレオは知っているが、やっぱりこいつ馬鹿なんじゃないかと思わずにいられない。 (あからさまな嘘に騙されてオレ心配してすっ飛んでくるとか、コイツほんとにSランクトップペアなのか。騙すより騙される側だろ、確実に) レオにすれば信じがたい現実だ。逆に、レオさえ絡まなければカグヤが優秀だという事も知っているが。 「……お前さーそれだけ心配する癖に、オレが本当に熱でも出して助けて欲しい時に携帯電話通じないとかそーゆー事する訳? Sランクの決まりだか何だかしんねーけど」 「な、何のこと?」 「ビナ先輩から聞いた。お前、プライベートアドレスあるんだろ。さっさと寄越せ」 携帯電話を取り出したレオにカグヤが固まる。それを白けた目でレオは見た。 何のことはない。Sランクはできるだけ姿を現さない、行方不明になるのが基本だ。事件の度に変装したり、別人に化けたりするのだから当然とも言える。だから事件の度にその事件用の携帯番号とメールアドレスを渡され、事件が終わればそれを削除してまるで最初から居なかったかのように振る舞う。それがお約束なのだそうだ。 再会は互いに望んだものではなく、仕事上のものだった。だからカグヤの、今回の事件に使われている携帯電話とメールアドレスならレオは知っている。大半のヴァンパイア特務機関の捜査官は、携帯電話を仕事とプライベートで使い分けている。だが連絡が取れれば何でも良い訳で、レオはカグヤに仕事用以外のアドレスを聞き出したりしなかった。そしてそれが、明日から使えなくなる。 連絡手段を確保したいというより、レオはカグヤにこういう仕打ちをされるのが気に入らない。 「……」 「……」 「――運命にだって邪魔させないとかカッコイイ事言ってましたねー日ノ嫁さーん」 「やあぁぁぁっ分かったっ分かったから!」 それなりにカグヤにも思う所があるのか、微動だにしない空気にレオはさっさと終止符を打った。観念したのか、カグヤは携帯電話を取り出して大人しくアドレス交換に応じる。 本当にこれは通じるアドレスなんだろうなと疑いつつ、レオは頬杖を突く。そして携帯電話を仕舞うカグヤに、何気ない質問を投げた。 「お前、ガキの頃のオレ、どんなだったか覚えてるか?」 「ええ? 子供の頃のあんた? ……小四のバレンタインに、私が学校に持っていったチョコレートを自分以外の男子に渡すんだと勘違いして勝手に焼却炉に放り込んだとか? 小五の私の誕生日は、自分はプレゼントなんか用意してないクセに他の男子が私にくれたプレゼントを問答無用で奪い取ってやっぱり焼却炉に放り込ん」 「そういう事は忘れてろ! そうじゃなくてだな……さっきさ。いい加減だって言われた。約束守らない男なんだってさ、オレ。子供の頃は、そんな事言われなかったのになーって思って」 少しずつ色を変えていく空を、レオは木の陰から見上げる。 「……確かに、できもしない約束はしたな。大きくなったらキリン、プレゼントしてやるって言われた事もあるし」 「……キリンは……飼うのが無理だろ」 「でも、少なくとも破るつもりで約束するようなヤツじゃないよ、あんたは」 思わず斜め下に見下ろした幼馴染みは、芝生を見つめていた。柔らかそうな唇が、ゆっくりとレオを優しく慰める。 「約束って、守ったっていう結果だけに意味がある訳じゃないでしょ。約束してくれた事にだって、意味があるじゃない。守ろうとしてくれた事の方が大事な時も、あるんだし。そういう意味で、あんたはいい加減じゃない。約束は精一杯守ろうとするし、守れなかったならそれにはそれなりの事情とか、考えとか、意味がある。それくらい見てれば分かるよ」 「……。オレ、何かお前との約束、破ったことあるか?」 「何言ってんの、山のようにあるじゃない。キリンはプレゼントされてないし、お昼にオムライス作ってあげたら宿題するって約束したのに結局遊んで終わったとか、いっぱい。……でも約束なんかあってもなくても、分かってたし」 それは、レオも同感だった。約束をしてもしなくても、本当は何を守るべきか、何が大事なのか、本質的な部分を分かっていた。互いにそれだけは守っていた。 「……お前さー……高校、行ったのか?」 「今度は何、いきなり。行ったけど、一応」 「どこ? ……女子校とか?」 「ううん、共学だった。結局一年も通ってないけど……さっきから、何なの?」 警戒心を露わにしたカグヤに構わず、レオはその手からスポーツドリンクの方を奪う。それはきちんと冷えていた。 「……Sランクってさー女ばっかなんだよな?」 「Sランクって……何でまたいきなりそっちに話が飛ぶの? それに調べれば分かるでしょ、男女比率くらい」 「いーから答えろよ。お前、確か後輩が男だろ。それって珍しいもんなのか? それとも結構、男も居るもんなのか。オレの同期のSランクは男だけど……お前にだって先輩が居たりするんだろ」 「……確かに後輩は男の子だけど、女の子の方が圧倒的に多いよ。先輩は……男だとか女だとかそういう次元を超越してるっていうか……」 「何だそれ」 「色々難しいの! 分かった、雌雄同体だ。そんな感じ」 「どんな先輩だよ、化け物か?」 それきりカグヤは答えなかった。だが、良く分からないなりにレオは一つ答えを出す。つまり、男でない訳ではない。レオとしては例え後輩や先輩だとしても、カグヤがレオの知らないレオ以外の男と交流がある事自体、なかなか想像できない。だがもう、昔と状況も環境も違う事だけは、分かった。 (……八年、だもんな) 決して短くない時間だ。十秒ほど、考え込んだ。ちゃんとしろという、有り難くないご忠告まで吟味する。 「そんな事より、あんた今日、ちゃんと野菜も食べたの?」 「お前もいきなり話題がとんでるだろ。それにそのネタ、いい加減言い飽きないか?」 「食べてないって事だな分かった。全く……今日は自分で作らなくても根菜とかあるんだから、こういう時こそ体調管理もかねてちゃんとバランス良く食べるように心がけなさいよ。ほんと、放っておいたら何にも考えないんだから」 「……じゃあ毎日お前が作れよ、オレのメシ」 カグヤは眉を釣り上げて、綺麗な顰めっ面でレオを見た。 「子供じゃないんだから、自分の分くらいちゃんと自分で作れるようになりなさい。私だってそんなに時間とれないんだから」 「……」 「そんなに料理得意じゃなくたって、サラダくらいは準備できるでしょ。普段から――って何、その顔は」 「……もういい。オレは寝る……」 「はっ?」 ぽかんとしたカグヤを放ってレオは再び寝転がる。ぽつぽつと柔らかい常夜灯が周囲を照らし始めていた。日が落ちて、薄い紫が空を陰らせ始めている。 (そういや花火打ち上げるんだっけ。景気いいよな) その景気の良さを分けて欲しいくらいだ。芝生の柔らかさは案外心地良くレオを受け止めてくれているが、何の慰めにもならない。 「ちょっと、レオ。もう何なのいきなり、寝るって」 「一時間経ったら起きてやるから、お前は見張りでもやってろよもう……オレは全てが面倒くさくなった」 「――って何で私が一時間も見張り!?」 人目のない場所で二人きりになっても色気のない展開にしかならないのは、互いに折り紙付きだった。気にする事ではない――たまに、ちょっとくらい反応しろよと不満には思うけれど、どうしようもなく鈍いのだから仕方ない、そう思っていた。 だがもうそろそろ、この許嫁の思考回路そのものを疑いたくなる。どっか壊れてるんじゃないのかと、言いたくもなる。 それともまさか、まだ自分の努力が足りないとでも言うのか。 「まぁいいけど……でもちゃんと説明くらいして。……まさか本当は、熱があるんじゃ」 「あーじゃあもう、それでいい」 「何、その態度。……熱はないみたいだけど……」 カグヤは呆れを半分混ぜて、もう騙されまいと伺いつつちょっとレオの体調をまだ心配している。その証拠に、レオの額を柔らかい手の平がそっと確かめた。 心頭滅却とばかりに閉じていた目を少し開いて、レオは溜め息混じりの名前を呼ぶ。 「かぐや」 「だから何? さっさと言いなさい」 「お前もう、黙って待ってろ。約束な」 「……待ってるでしょうが、説明を今。……静かにした方がいいってこと?」 まともに取り合って眉を顰めたカグヤはまた騙されかけている。 多少気が晴れたレオは一人笑って気持ちよく、睡魔に流された。一時間後には、ここから綺麗な花火が見上げられるのだ。 >>>[Antithese]END |