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HappyBug / 26 |
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ばたばたと廊下を駆けていると呼び止められた。ツインテールをくるりと回して振り向いたアンナに、Sランクのトップペアが笑う。 「どう? うまくいきそう?」 「あ、はい! この間ヴィッツに紹介して、今の所上手くいってるみたいです!」 資料を胸に抱いたままアンナは先輩達に向き直る。アリスが静かに頷いた。 「良かったですわね。藤ノ宮捜査官からクレスタ捜査官を引きはがせて」 「そうですよ! ヴィッツにあの女の指導なんて冗談じゃありませんから!」 「SSランクに話が通って良かったわね。よく考えたね、アンナ」 褒められ、アンナは満面の笑みを返した。 あの事件の後、ヴィッツは正式な捜査官としてあの事件に関わっていないと、はっきり確認された。 そして捜査官だと名乗りを上げなかったヴィッツの功績は内密に処理され、日の目を浴びる事もなかった。地団駄を踏んで悔しがる一方でその理由に、アンナは気付いていた。 恐らくヴィッツはSSランクのシステムに侵入するという犯罪行為を何度か行っている。 だからあのITの捜査官もあえてヴィッツの名前を聞かなかった。そしてここまで上がってこいと、そうすれば不問に処してやると笑ったのだ。 何か自分にできることはないのか、一生懸命考えた。このままヴィッツがした事が何の続きにもなれないのが、嫌だったのだ。 考えた結果、アンナがやった事は簡単なことだ。SSランクIT捜査官、フォシル・クォーツ捜査官に、ヴィッツをAランクの捜査官として正式に紹介した。Sランクはアタッカー、ラボ、ITの部署のパイプ役も務める。優秀なAランクの捜査官がSSランクIT捜査官を目指しているからとSランクのアンナが紹介する事に、何ら不自然はない。 意味あり気にフォルはアンナを見て笑い、アンナが差し出したヴィッツの資料に目を通して、了承の意を返した。そして提案されたのが、AランクのトップIT捜査官を通じてヴィッツに仕事を回すことだった。 「丁度、AランクのトップIT捜査官――あ、トゥラちゃんって言うんですけどね! その子がSランクを目指してて、丁度いいからそっちも頼むって! 交換条件ですね」 「オペラに面倒頼んだ子ね、でないと公平性に欠けるからって。……オペラが絶叫してたわ」 「トゥラちゃんすっごく可愛いのに、オペラって我が儘ですよね」 アンナが笑うと、カグヤが複雑そうな溜め息を吐いた。 AランクトップIT捜査官、トゥーランドット・ノルマはアンナより一つ下の、ちょっとテンポが通常と違う女の子だ。その独特の口調が、オペラには駄目らしい。それでもパソコンを前にすると、信じられないタイピング速度で情報処理を始め、オペラもヴィッツも舌を巻いていた。 「トゥラちゃん、情報扱うの大好きなんだって言ってました。だからIT目指したんだけど、SSランクITには成績足りなくて、Aランクに配属されて、それからSランクのこと知ったって。で、色々考えて、Sランク目指す事にしたって――世の中のありとあらゆるセキュリティを突破するのが夢なんだそうです」 「心強いわね」 「はい! Sランクにきてくれるの、楽しみなんですっ」 トゥラの方が一期上だったが、殆ど年齢も違わない同世代と分かって初対面で盛り上がってしまった。ヴィッツのことを頼むと同時に、しっかり片想いについても言ってある。トゥラは大いに感心し協力を約束してくれた。以後、ヴィッツの仕事の予定や個人情報はトゥラを通じてアンナは全て手に入れている。 「トゥラちゃんのお陰でヴィッツの今後の予定もばっちり把握してますから!」 「だんだんアンナもSランクの女っぽくなってきたじゃありませんの、やり方が。その調子ですわ」 「まっかせてくださいっ! 絶対逃がしませんから!」 「おいアンナ!! お前またこのデータ間違ってる!! こないだも言っただろ!」 怒声と共に現れたオペラにアンナは反射的に首を竦める。いつまで経ってもオペラのお説教にはこうだ。 「何で同じ間違い何回もするんだバカか! それでSランクの上位に入れると思ってんのかこのバカ! バカ!」 「ばっバカってそんなに言う事ないじゃないですか!!」 「うるさいバカはバカだ! 僕の仕事をこれ以上増やすな、Sランク二十位内に入りたいなんて寝言は寝て言え!!」 「酷いですその言い方ぁ」 情けない声を上げても、オペラはアンナの顔面に資料を投げつけ容赦なく言い切る。 「本気で目指す気あるのか」 「あ、あります」 「なら何回も同じ間違いするな! 一回で覚えろ、Sランクの基本だろう!」 うう、と唸ってからアンナはそれでも返事をきちんと返す。そんな後輩達のやり取りを、Sランクのトップペアは微笑ましく見守っていた。 「でもアンナ、頑張ってるじゃない。あんまり怒鳴らないのオペラ」 「冗談じゃないですよカグヤ先輩! こいつのせいでどれだけ僕が仕事抱えてると思うんです!?」 「オペラは案外来年の順位は一桁かもしれませんわね。アンナ、頑張らないと。二十位内ならオペラもライバルですわよ?」 「……っ勝てる気がしませんアリス先輩……!」 「あら情けない。二十位内に入らないと、基本的にSSランク関係の仕事は回ってきませんわよ?」 そう言われてしまえば、アンナは自分を奮い立たすしかない。 来年、ヴィッツはSSランク特進を果たすだろう。それに置いていかれたくなければ、アンナも昇るしかない。 「がっ頑張ります! このまんま終わったりなんかしないんですからあぁ」 「だったらまず泣くな。そして動け。行くぞ、その資料クレスタ捜査官に渡すんだろ。僕もAランクに下りる」 はい、と頷いて先輩達に頭を下げる。いってらっしゃいとカグヤもアリスも見送ってくれた。 小走りにオペラを追いかけて、尋ねた。 「どうですか、トゥラちゃん」 「……あの女は僕の天敵だ、絶対……!」 「そんなに嫌わなくても……トゥラちゃんすっごく頭良いし、仕事だってできるのに」 「会話のテンポが合わない! お前は何であれと仲が良いんだ。どっかおかしいぞ」 おぞましいものでも語るかのようなオペラの苦い横顔に、思わずアンナは吹き出す。 「笑うな!」 「だってオペラがそんなに苦手なんて、珍しいじゃないですか。来年、Sランクにきたらどうするんです?」 「……関わらないようにする」 「無理ですよそれ」 「うるさい!」 それでも公平かつ優秀なオペラは、トゥラを私情で判断はしないだろう。同期の能力をアンナも信頼している。トゥラもその点は同じなのか、オペラ捜査官はすごいとあの独特の会話のテンポで電話をしてくる。 「私ねぇ、ヴィッツを好きになって良かったなって思うんです」 「……なんだよ突然。そういう事は本人に言え」 「だってね、あの時ヴィッツが私の目、覚まさせてくれなかったら……きっと私、オペラともこんな風に笑ってないし――トゥラちゃんとも友達になってたりしなかっただろうなって」 オペラが階段で足を止める。三段、先に下りてアンナは振り向いた。素直に微笑む。 「まだ片想いですけど。でも、すっごく幸せです!」 「……お前……」 何かを唇だけで言いかけて、オペラはアンナの頭をはたいた。 「いたっ何するんですか!?」 「うるさい。未熟者。いっとくけど僕は容赦しないからな、死ぬほど仕事回してやる」 「がっ……頑張りますっ……」 半泣きでアンナが頷くと、オペラが少しだけ笑い返した。だから言わない。 綺麗になったな、という唇の動きを読んだことは。 そうっと覗き込んだ部屋では、ヴィッツがパソコンのデスクに突っ伏して眠っていた。予め休んでいるとトゥラに教えられていたアンナは、ちょっとだけ笑って、静かに部屋の扉を閉める。 まず、資料を、起きたらすぐに気付くだろう場所に綺麗にまとめて置いた。 パソコンチェアーの背もたれに引っ掛かっているヴィッツの制服を拾い上げて、そうっとその肩にかける。 そして、アリス直伝のサンドウィッチが入った小さなバスケットを、これまたカグヤ直伝の野菜スープが入った保温のきくスープ専用水筒と一緒に置いた。 最近、アンナの差し入れを文句を言いながらも食べてくれるようになった。疲れていて突っ張るのが面倒なだけかもしれないが。 「――ん……?」 「あっ起こしちゃいました?」 「あー……なんだお前か……いや、寝てる場合じゃねーから……」 「じゃあ起きないと駄目です! はい麦茶」 眠たそうに瞼を擦る仕草が可愛い。にこにこしながら麦茶を差し出すと、身じろぎしたヴィッツは自分の肩にかかった制服を見て、それから受け取った。 「……どーも」 「いえいえ。あ、これフォル捜査官から預かってきました。データでしょ、でこれが任命書。サイン下さい、書類の処理は私がやりますから」 「ああ。……またプログラム組むのかよ……しかも明日提出……死ぬ」 「何言ってるんですか! これくらいちゃっちゃとやっちゃって下さい。他にもいーっぱい言われてる事あるんですから」 「……あんたさぁ、何で最近やたら仕事回してくんの? SSランク特進、反対してなかったっけ」 アンナが差し出した書類にサインしながら、ヴィッツが尋ねる。胸を張ってアンナは答えた。 「しょうがないじゃないですか! ヴィッツがいくって言うんですから」 「……いきなり態度変わって不気味なんだけど」 「不気味って言い方に気をつけて下さい! ……絶対絶対、諦めないって決めただけです。多少会えなくなるくらい、なんですか。すぐ追いついちゃうんだから」 ヴィッツがSSランクに上がれば、アンナはそのフロアに足を踏み入れる事すらできなくなる。でも、ヴィッツが目指すならそれでいい。自分がそこへ行けるようになればいいだけだと、気付いた。 ヴィッツがあの、火ノ宮捜査官やアウスレーゼ捜査官と肩を並べるのなら、それは誇らしいことだ。嘆くことではない。 自分はヴィッツが遠くへいってしまうのが嫌で、手が届かなくなってしまうのが怖くて、駄々をこねていただけなのだ。それはいい女がする事では、ないから。 そんなアンナの決意を、ヴィッツは恐ろしく胡散臭そうに眺めていた。 だが欠伸を一つしただけで、起動しっぱなしだったパソコンに目を向ける。もうアンナを見てはいない。 仕事の邪魔は、しない。寂しいけれど、大事な時期だと思っているから。 だからそれ以上話しかけたりせずに、アンナはそっと身を引く。何か忘れていないかだけ素早くチェックして、部屋を出て行こうとした時、ヴィッツが口を開いた。 「……あのさ」 「はい?」 ドアノブに手をかけた格好のまま振り向く。ヴィッツが珍しく、言い淀んだ。背中を向けられたまま、アンナは首を傾げる。 「――来年、ランク特進、決まったら」 「はい」 「一回くらいなら……デート、してやってもいい」 数十秒の間、キーボードを叩く音とパソコンの静かな動作音だけが部屋に響いていた。 「……」 「……」 「……」 「ヴィ……う゛ぃっつうううううっっっ!!」 「どわっ!!」 アンナに背後からタックルされたヴィッツがパソコンに激突しそうになって前のめりになる。 「おまっあぶねーだろうが!」 「ヴィッツヴィッツヴィッツだいだいだいだいだい大好きですうっ!!」 「分かったから離れろウザイ! やっぱ撤回する撤回だ撤回っ間違いだ!」 「だっ駄目ですそんなの絶対認めませんッ! 言った事に責任とって下さい男でしょ!?」 「関係あるか!!」 ぎゃあぎゃあ怒鳴り合いながら、全く別の所に思いを馳せる。 来年。 妹にメールではなく、手紙を書こう。好きなひとができたと、便箋いっぱいに綴ろう。恋をしているのだと打ち明けよう。アドルフとどうなっているのか聞いてみるのもいいかもしれない。 そしてその手紙にはきっとこう書かれるのだ――私の好きなひとは、この春、SSランクの捜査官になりました、と。 >>>END BACK /
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