HappyBug spoiler / 01
 配属先の通知を受け取った時は合格の喜びではなく不快感を感じた。声高に異論を唱えることや、愚図ることはなかったものの、その時感じた正直な感想をオペラは抱き続けたまま就任式に挑み、そのまま教官と引き合わせられた。
(女の教官)
 日ノ嫁カグヤと名乗った、オペラより頭一つ分は背の高い女性捜査官は、顔立ちこそ可愛らしかったがはきはきとしており自分の苦手な――どちらかと言えば嫌悪するタイプの女性ではない。それがまだ救いかと、こっそり溜め息を吐く。
(SSが無理なら、Aで良かったのに――よりにもよってSランクか)
 付いてきなさいと言われるがまま、オペラは見知らぬ建物の中を教官の背中に従って歩き続ける。
 総合成績2位、Sランク配属。それがオペラが合格通知から受け取った、ヴァンパイア特務機関での地位だった。
 十三家に属する分家の出身だとはいえ、まだ十三歳の自分がSSランクへ就任できるとまで確信してはいなかった。SSランクに若くして所属する者は、アタッカーを筆頭として化け物じみた者達ばかりだ。そこまで自分ができる者だとオペラは思っていない。だがAランク所属以上に所属する自信があった。そのせいで、オペラは所属ランクに特に希望を出さなかった。Aランク以上にはなれる、Sランクは避けたい、だがひょっとしたらSSもあり得るかもしれない。冷静な分析と子供っぽい期待感と希望と、そんな複雑な思惑が混じり合った結果の思考の放棄を、合格通知を受け取った時に思い知った。
(こうなったらとっととSSランクに上がるしかないな……)
 上手くいけば半年先の正式配属で、ランクが変更になることもあり得る。それに希望を見出すしかないとオペラが顔を上げたその時に、ようやく部屋と呼べるものらしき場所に辿り着いた。
「……ここは?」
「トレーニング棟にある、実戦用のトレーニングルームよ。あの扉の向こうは戦闘用フィールドになっていて、この部屋自体何重にも結界が施されてるの。魔力を使って戦っても大丈夫なようにね」
「……」
 説明を受けながらオペラはそっと眉根を寄せる。就任式を終えたばかりの新人捜査官に、真っ先に教官が案内する場所だろうか。普通はオペラに宛われるであろう捜査官室へと連れて行くものではないのか。そんな風に思った。
 だがカグヤは微塵も迷いを感じていないようだった。郷に入れば郷に従えと言い聞かせ、オペラは戦闘用のフィールドになっているという扉の向こうへと入る。
 上も横も広く間を取られたその部屋は、静かだった。周囲を確認するようにしていつの間にかオペラは中央付近まで出てしまう。いい加減説明を求めようと足を止めた先で、カグヤがくるりと振り向いた。長い二つに結ってある黒髪が流れるように舞い、すらりと均整のとれた肢体がオペラに向き合う。
「かかってきなさい」
「……は?」
 思わず、顔を顰めて聞き返した。カグヤは凛としたまま、静かに続ける。
「女の教官か、って思ったでしょう。顔に書いてあった。女で、自分の教官が務まるのかってね」
「……Sランクナンバー1の捜査官だと聞いています。不満なんて、ありません」
 観察眼の鋭さは侮れないと思いながら、できるだけ無表情を装ってオペラは機械的に答える。そんなオペラにカグヤは気分を害することなく、淡々と指摘した。
「なら、Sランク配属が不満なのかな。男の子はAランクかSSランクって考えるものね、普通。アタッカー志望なら尚更だわ。SランクにはアタッカーとかITとかラボとか、そういう仕分けもないから」
「確かにSSランクにいけるなら光栄な事ですが、まだ僕には足りなかったという事でしょう。それに文句を言う気なんかありませんよ」
「同じ事よ。侮っている相手にいくら表面上敬ってみせても、貴方が何も学べない」
「配慮は痛み入りますが、女性に怪我をさせる趣味は自分にはありません」
 日ノ嫁という姓を思い出しながらオペラは慎重に答える。日本で火ノ宮家の分家であるなら宮がつくのが基本だ。目の前の教官は、十三家の分家と呼ばれる地位にすらない家の出身である可能性がある。
 純血の吸血鬼にとって、家の格はほぼ絶対の目安だ。人間と違い、受け継ぐ血に優劣が出る。
 オペラは十三家であるダウジング家にかなり近い分家であるカネル家の血を継いでいる。
 単純にそれらを比較した場合、年齢差を考慮したとしても――オペラが負けるとは考えにくい。そしてオペラには自身が優秀であるという自覚があった。
「咄嗟に平然と誤魔化せるのはSランク向きね」
 微かに笑ったカグヤに、オペラは顔をはっきりと顰めた。気付いているだろうに意に介さず、カグヤは続ける。
「貴方、十三歳よね。――SSランクの捜査官の、十三歳だった頃を知ってるの私。敵わなかった、まるでね」
「……」
「SSランクにいきたいんでしょう? とっととSランクなんかやめて。なら、私くらい簡単に倒してもらわないと」
 分かりやすい挑発だった。だが面白い力比べでもあった。
 子供らしい好奇心と好戦的な加虐心で、オペラは笑う。カグヤも笑い返してみせた。
「――ここでもし僕が勝ったら、SSランクに配属するよう成績に書き加えてもらえますか」
「いいわ、約束する」
 短い了承だけで、オペラは身構える。対するカグヤは特に何かする様子もなかった。
 ただ酷くその自然体に隙がない事に気付いた瞬間、相手の姿が残像になった。
(え!?)
 蹴り飛ばされ、宙に浮いた身体を起こそうとしたその時には既に冷たい刃が喉元で光っていた。
 どんと派手な音を立てて、背中が地に落ちる。馬乗りのような格好でオペラの喉元に小太刀を突き付けたカグヤが、逆光で鋭く微笑んだ。
「私が勝った時の条件を言ってなかったけど、分かってるよね?」
 呆然とオペラはその笑顔を見上げる。子供っぽさに似た愛らしさが、悪戯めいた口許に浮かんでいた。
 凛と気高いその強さ。痛みを訴える背中より、胸の方がざわめいて止まらなかった。



 ――そんな事を、夜空に赤いランプが回るざわめきの収まらない現場で、オペラは思い出していた。どうしてだかは分からない。根性のなせる技かただ馬鹿だっただけか、諦めないという一点においては尊敬できる同期が綺麗に羽化して見えたからだろうか。
 遠目で見るその二人は、とても自然だった。お似合い、というべきかもしれない。そんな感想を述べたらあの同期は調子に乗るだろう。それは癪に障った。だから目を反らした。
(あいつは、まだ仕事残ってるのに……いいけど、まあ。頑張ったんだし……)
 先輩はどこだろうか。何かに引きずられるようにそう、唐突に思った。勝手に目が周囲を探した。見つからない事に、何故だか焦った。
「――おいアンナ!」
「えっ!? お、オペラ! あ、ヴィッツ待っ」
「ちゃんと仕事しろよ、じゃーな」
 八つ当たりまがいに怒鳴られた同期は思い人にあっさり去られてしまい、恨みがましくオペラを睨め付けた。多少、良心が痛んだがオペラはあえて素知らぬふりをする。
「せ、折角良い雰囲気だったのにっオペラの馬鹿察してくれたって良いじゃないですか!」
「何が良い雰囲気だ。お前の錯覚だろ」
 殊更意地悪くそう評してやった。同期の思い人が去り際、微かに頬を赤く染めていたようにも見えたがそれはきっと錯覚だ。夜目が利く吸血鬼でも、真夜中でそんなものが見える筈がないのだ。
 そしてアンナは必要以上にオペラに食って掛かってこなかった。いつものアンナなら愚痴愚痴とオペラに絡むだろう。だがオペラはアンナがそうしない理由も、深く考えないことにする。うるさくないのは良いことだからだ。
「先輩達、知らないか」
「そういえば……見てません。どう、どうしたら良いのかな私達……私のターゲットは捕まっちゃってるし……オペラは女装やめちゃってるし……」
「お前さり気なく喧嘩売ってるのか」
「あ、でも火ノ宮・アウスレーゼペアならちょっと前に見かけましたよ! ひょっとしたら打ち合わせしてるんじゃないですか?」
「……また怖い事になってないと良いけどな」
 会議の応酬を思い出したオペラと同じ思いに至ったアンナは、それぞれ苦い顔になる。
 しばらくそうして、二人で立ち尽くしていた。周囲の騒ぎはまだ収まらず、それだけ大きな事件だったのだと物語っている。
「……上手くいったのか」
 気になっていた訳ではないが、そんな言葉が飛び出た。アンナは特に動揺もせず、オペラを見て、それから微笑む。
「分かんないです」
「……そうか。まあ、そうだろうな」
「そうですよ」
 頷き返したアンナが妙に大人びて見える。恐らく一晩中泣きはらした目の縁は、まだ少し赤い。けれど明日には、もう戻ってしまうのだろう。
 それはきっと、元通りという意味ではない。
「私、頑張らないと」
 誰に聞かせる風でもなくアンナがそう呟いた。オペラはそれを横目で見て、何も答えなかった。一歩、オペラより先に前に出てアンナがくるりと振り向く。振り向いて、笑う。昨日とはもう違う顔で。
「置いていかれたくないんですもん」
「……そうだな。でも……」
 だが、そう答えるだけの努力をオペラは成しているだろうか。素直にそれが言葉にならず、オペラは口籠もる。アンナが不思議そうに見返した。
「オペラ?」
「いや……」
 まだ仕事中だ。余計な雑念を振り払おうとしたオペラを、アンナが覗き込む。
「あ、分かった。落ち込んでるんでしょう、カグヤ先輩に庇われて、挙げ句カグヤ先輩を怪我させそうになったから!」
「――うるさいな」
 こういう時は無神経に勘の良い同期を睨むが、アンナは怯んだりしない。
「それはまだしょうがないですよ。カグヤ先輩、すっごく強いし」
「知ってるよ。――カグヤ先輩がSSランクにだって所属できるくらい強いってことくらい」
「そういえばカグヤ先輩って、何でSSランクいかないんでしょうね」
「Sランクの方が性に合ってるって言ってたけどな。アリス先輩も居るし」
「そっか。ランクが違ったらペア解消になりますもんね。……どっちにしたってカグヤ先輩、怪我なかったし良いじゃないですか。そういえばアリス先輩、顔殴られてたけど大丈夫かな……」
 そう話し合っていると、自然と先輩達を見付ける為に足が動き始めた。
 アリスはSランクのナンバー2だ。Sランクの女ともなれば顔は商売道具に等しい。それを殴られたのならば怪我の程度にもよるだろうが、手当しようとするだろう。
 負傷者のため簡易的に設置された医務用テントがある場所をオペラは既に把握している。それを当てにしているのかオペラに付いてくればいいと思っているのか、アンナもオペラについて歩き出した。
 一般人の素振りをする為という訳でもなかったが、二人とも無言だった。時折ヴァンパイア特務機関の捜査官に呼び止められたが、姉を捜しているのだと説明した。負傷者もそれなりに居るようだ。医務用のテントの周辺は人で溢れかえっていた。
 アリスにしろカグヤにせよ、大した怪我はしていない。オペラもそれは確認している。
(……でもあの時、カグヤ先輩が怪我しなかったのは……)
 怪我をせずに済んだのは――守られたからだ。
 意味もなく、頭を振る。揺れる視界の隅にカグヤの姿を、オペラは捕らえた。アンナも気付いて立ち止まる。カグヤの隣にはアリスがいつも通り立っていた。いつもの二人、いつもの組み合わせ、いつもの光景だ。
 いつまでもこのままでなんて、高慢な願いだろうか。それとも怠惰な願いだろうか。
 そんな風に、思った。




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