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HappyBug spoiler / 08 |
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真っ暗な廊下を、倒れているドールマターに蹴躓かないよう注意しながら歩いていた。アンナはすぐに追いついてきて、それにほっとした。 少し前を歩く先輩達――カグヤとアリスは、先頭を歩くSSランクのトップペアにドールマターの配置を、無駄口を叩かず正確に伝えている。クレスタ捜査官が爆弾を止める為に展開していた画面に映っていた情報だ。あの時しっかりとそれをチェックするのはSランクならば当然のことだ。そしてカグヤが語るそれはオペラよりも正確かつ緻密で、流石だとオペラは誇らしく思う。 一方で、落ち着かなかった。 「――つまり、この上の階でドールマターを押さえれば良い訳だな」 「そういう事になります。あくまで先程見たデータが全てならば、ですが」 「別の場所に居て客に流れそうだったらあの制御室に残ったヤツか、まーフォルが教えてくれるだろ」 追いついたばかりのアンナが火ノ宮捜査官の戦力とする人物に、肩を震わせた――ように、見えた。実際はオペラの錯覚で、アンナは唇を噛んで前を向いただけだった。オペラの目に、微笑み返しさえした。 「客の避難は任せる」 「……承りましたわ」 アウスレーゼ捜査官にアリスが静かに頷き返した。もう既に、別れ道になっていた。 今度はそれに安心した。何故か自分では分からない――今までがいつもと違う雰囲気だったから、だろうか。現場という非日常で、ドールマターまで居る。こんな大規模な捜査にまともに加わるのも初めてだった。SSランクトップペアも出てきているのだ。緊張して当然だ。そう、分析した。 これからなのに、気を緩ませるな。そう、叱責もした。 その時、自分の隙間を縫うように光が待った。魔力だ。それはまるでオペラを嘲笑うように踊り、白く虎の形を彩る。 そしてカグヤの側に寄り添い、守る。 「連れて行け」 何故かオペラはそう告げた相手の顔も、それを聞いた先輩の顔も、その意味も、見ていない。 顔を上げたその時、カグヤはもう戸惑ってはいなかった。凛とした、芯のある瞳でオペラを見返す。迷いも何もない。 「そうよ。……誰から聞いたの?」 誤魔化さない。むしろ、挑むようにオペラを真っ直ぐに見つめている。その姿勢に、オペラは満足している自分を、知る。 (……これでいいんだ) これが自分が惹かれたものなのだ。 オペラは、火ノ宮レオを想う日ノ嫁カグヤに、心を奪われた。 「でもそれだけじゃないんですね」 ぴくりとカグヤは眉だけを動かす。オペラは畳みかけた。 後輩として、先輩に挑んだ。 「先輩がVIAの採用試験を受けた年と同じ年です。ドールマター事件と時期が被ってて、殆ど話題にならなかったんでしょう。犯人は捕まっていないけれど被害者も四名で止まってますし、犯人は既に死亡していると考えられている。吸血鬼が吸血鬼の血を吸っている事件だから。死因が吸血による失血死である事を除けば、こういう事件自体は毎年必ず起きるので珍しくもないですしね。それが同一人物による犯行で連続して起こったという事以外は特筆すべきことはないです。ああ……後は、全て火ノ宮家本家の邸宅周辺で起こったのが、注目すべきといえばそうなんでしょう」 「……」 「……被害者の名前は全員、火ノ宮家の意向で伏せられていますので分かりませんが」 黙ったままの先輩に、オペラは静かに告げる。観察眼。思考を組み立てる能力。表情を読み取る力。 全て教わったことだ。 全てを惜しむことなく使って初めて、背中が見える。 「唯一の生存者は、当時十五歳だった少女。……そんな事が書いてある資料をテーブルの上に置いたままにしていたのは、先輩のミスです」 カグヤは表情を全く変えなかった。オペラも特に、何か吐き出す感情もなかった。 しばらくしてから、カグヤが笑った。いつもの、先輩の微笑みだった。 「……よく見てるね。注意しないとな、私」 「ここなら誰も滅多に来ませんから、仕方ないんじゃないですか。それでも知られたくなかったなら、ミスですけど」 「生意気言わないの。……ま、私のミスでもあるけど、そもそもこの事件の概要がたった一枚でも残ってるのは、火ノ宮家のミスでもあるのよ。一応、伏せるという方針にはなってた筈だからね、これ……でも誰かが故意にVIAに流したんだろうな」 「誰がですか」 回りくどい会話はせずに、端的に切り込む。カグヤもあっさりと答えた。 「心当たりがありすぎるから分からない」 「……故意に流したとすれば、何の為に」 「さあ。誰が流したかによって変わる」 「では、カグヤ先輩が関わってる点から考えた場合は、どうですか」 今度は少し、間が開いた。口元を苦笑で綻ばせて瞳は笑わないまま、冷たくカグヤは言い切る。 「火ノ宮レオにこれを見せて、反応をみるため」 「――意味が、よく」 「火ノ宮レオの第一婚約者の失態よ。……私が火ノ宮レオの第一婚約者だったって、知ってた? 幼馴染みなの私」 悪戯っぽい問いかけには自嘲が含まれていて、オペラは戸惑う気にもなれなかった。頷き返したオペラに、腰をテーブルの縁に預けたカグヤが天井を見上げながら続ける。 「でも、どこの馬の骨とも分からない吸血鬼に血を吸われた、何をされたのかも分からない女を、大事な火ノ宮家の跡取りの嫁にできないでしょう。実はまだ解明されていない術をかけられていて、害をなさないとも言い切れないじゃない。だから私はもう火ノ宮レオの第一婚約者じゃないの。形だけはまだ許嫁なんだけどね……色々あるのよ。子供の頃から色々聞かされてるし内情も知っているし医者に診せても異常は見つからなかったし、色々扱いに困っちゃったって訳。首の皮一枚で繋がってる、中途半端な状態なの。第一婚約者としての特権は全部切られたけど」 「……火ノ宮捜査官は、そのことはご存知なんですか」 「知らないと思うよ。あいつ、実家とは一切連絡とってないみたいだし。私もそんな事で煩わせたくない。今、ちゃんとこの目であいつが無事かどうか確かめられる。だからそれでいいんだ。ただ……私は許嫁でないと、駄目だとも思ってる。世の中そんなに甘くないし」 火ノ宮レオの許嫁だと断言するカグヤに、嫉妬は覚えなかった。そこに佇む先輩は、ただ哀しそうだったからだ。 許嫁という地位でしか認められず、その地位すら守れなかった自分を悔やんで、一方でそんな地位を惜しむ自分を嘲っている。そういう口調だった。 「事件の後は……色々言われた。火ノ宮レオの第一婚約者ともあろう者が他の吸血鬼に血を吸われて、どうしておめおめ生きて戻ってきた。火ノ宮レオ様への裏切り行為だ恥知らず。こんな女にノブレス・オブリージュが果たせるものか。……でも私が一番ショックだったのは、ドールマター事件でレオが大怪我したのをニュースで初めて知った事だった」 「……」 「丁度、同時期だったのよ。私が第一婚約者でなくなったのと、あいつがドールマター事件で大怪我したのと。もう第一婚約者でもない私は火ノ宮本家への出入りも禁止されてたし、一切情報も回してもらえなかった。当然よね、火ノ宮家の跡取りの情報をおいそれと一般人に教える筈ないもの。……思い知ったよ、実は自分が許嫁っていう身分に甘えてたってこと。どれくらいの怪我なのか、どうしてるのか、全然何にも分からなくて……」 「だから……VIAに?」 確かめるしかできないオペラに、カグヤは頷き返す。 「何か、大人しく待っていればいつかは帰ってくるだろうみたいな根拠のない甘えがあったのね、私。でも物凄い距離が開いてる事に気付いて……何にもしてない自分に気付いて。その時かな、心底、自分がすごく酷いこと言って、だから置いていかれたんだって分かったのは。気付きたくなかっただけかもしれないけど……」 「酷いことって……」 「諦めろって言ったの。そういう家に生まれたんだから、そういう扱いを受けるのは仕方ない。受け入れろって」 はっきりと、カグヤは逃げずに、懺悔した。 「……そんな訳、ないじゃない。馬鹿だよ私、自分の身にそれが降りかかるまで分からなかったんだ。謝ってもレオはもう、許してくれないかもしれない。それどころか私のことなんか、嫌いになって忘れちゃったかもしれない。そう思ったけど、でも……やっぱり、私は好きで」 綺麗な響きが、硝子のようにオペラに突き刺さる。 「遅くても、せめて償おうって、思ったの。何より、傍に居たかった。ほんとに無事なのか、ちゃんと元気でいるのか……自分の目で見たかった。もう、目を反らすのはやめようって思って……でも向こうはもう顔も見たくないだろうっていうのも分かってたし、私も、のこのこ出て行く勇気もなくて……それでも役に立ちたかったから、Sランクのトップペアを目指した。姿を見せずに、一番近くに居られる方法だったから」 だから、なのだ。 カグヤが長年、決して火ノ宮レオと直接接触しようとしなかった理由を知って、オペラは目を下げる。先程の電話のやり取りより、カグヤが火ノ宮レオの第一婚約者だったことよりもずっと、胸を灼いた。 フォン・サイレスが脱走し、ドールマター事件の再来が予想された時、Sランクのトップペアとして担当捜査官になり顔を出す事を、カグヤは躊躇していた。けれど色々なことを考え抜いて――何より火ノ宮レオが心配で、諸々の事情を振り切り、あるいは全て背負う覚悟を決めて、カグヤは担当捜査官になったのだ。そういう先輩なのだ。自分より他人の心配ばかりする。他人ばかり庇う。 それをオペラはいつも、傍らで見ていた。 「それに……Sランクは、調べ物をするには一番のランクだから……」 そう言って、カグヤはゆっくりと自分の首、頸動脈の辺りを手で覆う。 その仕草から、オペラは読み取る。カグヤが一人きりで抱えているものを。 「……でも、オペラ。流石、私の後輩。教育、間違ってなかったみたい。アリスにもちゃんと話した事ないのに」 無理をしていると分かる笑顔を、オペラはあえて素知らぬ振りで通した。 「自分を褒めすぎじゃないですか、それは。僕の実力を素直に認めて下さい」 「褒めてるのに可愛くない子だな、相変わらず。ああ……でも、背も伸びたし、これからどんどん大きく、強くなってくんだろうね」 不意にカグヤの手が伸びる。さらりと頬から髪を撫でる手を、オペラは避けられなかった。少し冷たいその手を、掴んで引き寄せてしまわない為に、拳を握った。 今、自分がすべき事は、それではないからだ。 「――手伝います」 「え?」 「犯人。探しているんじゃないですか、カグヤ先輩。例えもう死んでたとしても、犯人を知りたいんじゃないですか。どうして自分が襲われたのか、どうして自分だけは生き残ったのかを、調べているんじゃないんですか」 オペラが知っている先輩なら、そうする。そうして、たった一人で立ち向かう。 自分の身の潔白を、証明するために。 ――もう一度、火ノ宮レオの第一婚約者の地位を、取り戻すために。 「手伝います。――僕はカグヤ先輩の、後輩ですから」 「オペラ……でも、これはVIAで扱えない事件で」 「その代わり。……犯人が分かって、解決したら……一度だけ」 たった、一度だけでいいから。 「一度だけ、我が儘を言って、カグヤ先輩を困らせて、いいですか」 真っ直ぐに、誠実に、恋う。それだけが自分が持てる武器だ。 戸惑っていたカグヤはやがてゆっくりオペラの真剣さを受け止め、癒されて、花のように潤い微笑む。 「――馬鹿ね。いつだって困らせていいのに。後輩に困らされるのは、先輩の役目じゃないの」 違うのだと、オペラは否定せずに微笑み返す。そっとオペラの顔にかかろうとする長い横髪を撫でるカグヤの指に、ゆっくりと触れて、掴んだ。 手の平でカグヤの指の体温が、じんわりと融解する。 「僕は優秀な後輩なので」 「……そういう所が生意気なの。全く」 「その時、物凄く困らせますから。だから遠慮なく、手伝わせればいいんですよ。大体カグヤ先輩、たまに抜けてるし」 「言ったな」 「言いますよ、後輩ですから。――何でも一人で抱え込みすぎなんです」 そう言ってオペラはもう、カグヤの手を離す。テーブルの上に散乱する資料を確認しながら、整理しだした。 苦笑したカグヤも、オペラの横でそれに倣う。 「それにしたってオペラ、いずれは私より身長高くなっちゃうのかな」 「なりますよ」 「テナ先輩はならせないって言ってたけど」 「なります。絶対、背、伸ばします」 「ええー身長低い方が可愛くていいのになー」 「見下ろしてやりますから」 とりあえず見下ろすまでは待てないから、今度火ノ宮捜査官を見かけたら、睨み付けてやろう。そこに意味も理由も脈絡も必要ない。 まずはそれからだ。 そこから、自分の恋はようやく始まる。 >>>END BACK /
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