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Synthese / 前編 |
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パートナーの許嫁に対するロゥのイメージは『優秀で健気で一生懸命で可愛らしい』だ。だからカグヤがその足下がおざなりになる程一生懸命に探している相手が誰かなど、考えなくても分かる。その相手をロゥはいとも容易く見つける事ができるが、彼女はそうではない。一生懸命、探さなければ見つからないのだ。それを微笑ましく思う。 その代わり、カグヤはロゥが見つけられない相手を、いとも容易く見つける事ができる。 「あっアウスレーゼ捜査官! あ、あの、レオが」 「レオならあちらだ。先程は先輩が、ベルタ捜査官に失礼した」 「えっ? あ、いえ……平気ですよ、あの子は強い子ですから」 「ならいいが――アマリリスの後輩だと聞いたのだが」 「アリスなら、あっちでアンナと一緒に――あ」 ロゥに対する礼儀をぎりぎりで保っていたカグヤが、ようやくレオの姿を見つけ、駆け出そうとして止まった。気の毒な程そわそわしているカグヤに微笑んで、ロゥは先に会話を切り上げる。 「そうか。引き止めてすまなかった、レオを頼む。貴方が適任だと思うのでな」 「は、はいっ」 恐らくカグヤは、何に対して返事をしているのかあまり理解していないのではないか。それよりも、彼女には急ぐ理由が何かあるのだろう。一目散にレオの元へと駆け出す姿は、いつもの優秀な彼女の姿とは程遠く、可愛らしく見えた。 少なくとも表面上は面倒そうカグヤに何か言っているレオを、ロゥは遠く見送る。 (あいつは、恋人に甘いタイプだと思っていたんだがな) どんなに馬鹿にされても手酷い仕打ちを受けても、レオはそれを受け流していた。傍で見たり話を聞いていたロゥの方が、それはどうなのかと憤慨する事の方が多かったくらいだ。勿論、レオにも悪い部分はあったとロゥは思っている。押し切られたり流されたり、情けない事この上ない有様だった。恋愛沙汰で仕事に支障を来すような真似こそしなかったが、ロゥはいつもレオにお前が甘すぎる、いい加減だからだと説教しなければならなかったのだ。 それがどうだ。今までを知っている分だけにレオの態度の分かりやすさに、ロゥは呆れ果てるしかない。 可愛いだとか、彼女を気遣う自慢をしない。愚痴もあまり聞かせない。誰にも何も、彼女が与えるものは全て自分だけのものだと言いたげに、大事に彼女を仕舞い込んでいるのだ――本人に自覚があるか、相手に通じているのか、甚だ怪しくはあるが。 「ほら、アンナもう大丈夫ですわ。ちゃあんと止まりましたわよ」 「ほ、ほんとにですか? ほんとに大丈夫ですか?」 「本当です。いってらっしゃいな、クレスタ捜査官に忘れ物を届けるんでしょう?」 「そそそそうです、変な所ないですか?」 「ないです。いつも通り、可愛いですわよアンナ」 ロゥが向かう少し先で、柔らかい笑顔で押し出されたツインテールの女の子が見えた。先程、こちらの不手際で怪我をさせてしまった相手だ。 だが、こちらも笑みが零れる程嬉しそうに、そして頑張るのだと分かりやすく顔に書いて、駆け出す。淑女としてその態度はどうかとロゥは思わないでもないのだが、元気いっぱいなその姿は可愛らしいのだから許されるのだろう。そういうものだ。 「オペラも、もうアンナに付き合わなくて大丈夫ですわよ。いつもごめんなさいね」 「慣れっこですよ。――ところで、カグヤ先輩は?」 「カグヤなら今頃会場中を走り回ってますわーそっとしておいておあげなさいな、みっともない姿を後輩に見せたくはないでしょうからカグヤも」 「……何でそんな事に」 「オペラは知ってますでしょう? カグヤは意外に馬鹿なんですのよ。カイロス捜査官にご挨拶に伺った時に、ちょっと、ね」 顔を顰めてアリスに応対しているのは、確かクウの同期で、カグヤの後輩だ。会話に割って入るのは、良くないかも知れない。少し距離を取った先で様子を眺めていると、アリスが狙い澄ましたように振り向いた。それに気付いた相手も、すぐに空気を読んで、それじゃあ僕もこれで、とその場から立ち去る。 アリスが座るテーブルに、ロゥはアイスティーの入ったグラスと小さなケーキが乗った皿を持って近付いた。 「カグヤ嬢なら先程会った。今はレオと一緒に居ると思うが、またゼス先輩が何かしたのか」 人形のように行儀良く腰掛けているアリスの前に、ロゥはそっとグラスと皿を置く。フォークも勿論忘れていない。 ロゥの給仕を当然に受け取りながら、アリスは微笑む。 「カグヤがからかわれやすいというだけの話ですわ。平和な証拠です」 「それはそうかもしれないが、ゼス先輩はタチが悪いからな。さっきの子だろう、ゼス先輩にからかわれて怪我をしたのは。お前の後輩だと聞いた。すまなかった」 「あら、それを言う為にわざわざ? 相変わらず紳士ですのね、ロゥは。でもアンナを一番困らせたのはきっと、カイロス捜査官ではなく貴方でしてよ、ロゥズヴェルト様」 フォークでケーキを優しく啄んだアリスが、悪戯っ子のような目でロゥを伺う。多少、非難の色が加わっているそれを受け止めながら、ロゥはアリスの横にある席へと腰を下ろした。 「何か粗相をしただろうか。VIAに来てからは女性の扱いが乱雑になっているかもしれないからな――申し訳ない」 「まぁぬけぬけと仰いますこと。アンナは普通に育った子なんですのよ? そんな子に、真正面から美しくなるだなんて口説いておいて、図々しい」 レオと同じ評価を辛辣に下すアリスに、ロゥは眉を顰めた。 「口説いてなどいない」 「カグヤにも可愛いだとか何とか以前、仰ったんですわよね。あちこちの女性をむやみやたらに口説き回って――いつからそんな女たらしになりましたの、ロゥは。リリィはがっかりですわ」 「だからそれについてはこの間、説明した筈だが」 「この間と同じ手は通用しませんわよ。可哀想に、アンナったら真っ赤になってぐらぐらしながらお星様が見えるって言ってましたわ。王子様が見えたそうです」 「――打ち所が悪かったんじゃないのか? 病院に行かなくて大丈夫なのか」 真剣に提案したロゥに、アリスは目を丸くして嘆く。 「まぁ何てこと仰るの、よりによって私の可愛い後輩に――男の方はいつもそうです。無責任に甘い言葉ばかりを囁いて」 「無責任な事を言ったつもりはないが、怪我をさせたのは事実だからな。反論はすまい――お前ほど美しければ、甘い言葉ばかり囁く男も大勢いるだろうが、男が全てそうではない」 「あら、ご自分のことですか? それとも私に言い寄る方が、気になりますの?」 少し子供っぽい、艶めいた期待を含む藍色の目に、両足を組み直して、ロゥは空惚ける。 「どうだろうな」 「正直に仰ったらどうですの? 私、Sランクトップペアでしてよ。どうです、色々と気になりますでしょう?」 「そうだな、ならば正直に答えるとしよう。そんな可愛らしい態度では、全く気にならない」 薄く微笑み返したロゥに、アリスは可憐な瞼を何度も上下させてから、頬を膨らませた。紅潮した甘い色の頬にロゥが思わず吹き出すと、ますますむくれ、ついと目を反らす。そして、黙り込んでしまった。 しまったとロゥが内心慌てても、もう遅い。 「――リリィ」 「……」 「……オレが悪かった、冗談だ。気にならない訳がないだろう? 機嫌を直してくれ」 久し振りのアリスのだんまりに、ロゥは呆れと懐かしさと、切ない甘さを感じる。 子供の頃、拗ねてしまったアリスは、よくこうしてロゥを困らせた。いつも賑やかで明るい笑顔を振りまくアリスがこうなってしまうと、妙に焦ってしまい、子供ながらに必死でご機嫌を伺ったものだ。彼女が好きなものを思いつく限り、片っ端から考えて提案して、叶えようとした。それは大人への階段でもあったように、ロゥは思う。 一番大切な女性の笑顔を見ること。笑顔でい続けてもらうこと。 それ程男にとって困難でやり甲斐のある、試練はない。 「リリィ、分かっているんだろう? お前にそうされると、オレは一番困るんだ」 「……」 「――分かった。この間、言っていたな。またレオやカグヤ嬢と一緒に出かけたいと。丁度、明後日オレ達は休みなんだ。お前達はどうだ。映画でも、見に行かないか」 「……カグヤと一緒に見に行けば宜しいんですわ。私は、レオ様と一緒に見に行きます」 目は合わせないが、素っ気なくでも口を開いてくれた。これは少し、ロゥの態度に機嫌を直してくれた証拠だ。だがここで気を抜いてはいけない事を、ロゥは知っている。 「それでは意味がないだろう。レオにお前を任せられる訳がない。……映画が嫌なら、他には何がいい?」 「……」 ちょっと考え込んで、アリスは靴のつま先をじっと見つめながら、尖った形の唇を動かした。 「……バイクに」 「バイク?」 「乗ってみたいんです。ツーリング、ですか? 海を見たいです。でも、カグヤも一緒でなくては嫌です」 それ以上は何もヒントをくれずに、アリスは再び口を閉ざしてしまう。ちょっと考え込んだ後で、ロゥは話をまとめる。 「バイクで、海に出かけるんだな。カグヤ嬢も一緒に。……分かった、レオに話をつけよう。明後日の天気は確か、晴れだった筈だ。天候さえ崩れなければ、問題はないだろう」 ちょっと、アリスが顔をこちらへ向けた。もう一息だ。 「だが、海も良いかもしれないが、もう少ししたら紅葉の季節だ。そっちの方面なら温泉もあるだろう。もう少し待ってみてもいいと思うのだが、お前はどちらがいい?」 「分かりましたわ。なら、温泉で泊まりにします」 「そうか、わかっ――」 了承しかけた最後の一文字をロゥは飲み込んだ。いつの間にか笑顔を取り戻したアリスが、うっとりとした顔で頬に手を添える。 「それならリリィは機嫌を直します。楽しみですわー勿論お部屋は一緒ですわよね」 「……それは……その……どういう、組み合わせで……」 「まっ何を想像していらっしゃいますの、ロゥズヴェルトったら。私、お部屋に温泉のある旅館が良いですわ。覗いちゃ駄目ですわよ? でも混浴も素敵ですわよねー!」 すっかり機嫌を直したらしいアリスに、今更それはとストップをかければ状況は更にややこしくなる。そして、どうやって切り抜けるべきかとロゥが算段している隙間をアリスは見逃さない。 「でも、ロゥの提案ですしお宿探しはお任せしますわね。気に入らなければ私が決めますから」 「いや、それは如何なものだろうか。大体……その、そうだ。レオだって、色々事情があるだろう。オレも流石に泊まりはどうかと」 「存じませんわそちらの事情なんか。勝手に困って勝手に悶えたら宜しいのです、いやらしい」 「いやらっ――!?」 常識的な事を言っているだけなのに思いがけない言葉で罵倒されたロゥは、まともに衝撃を受ける。アリスは白けた視線でロゥを侮蔑してから、笑顔を作り直した。 「その時、お伺いしますわね。帰ってきた時に私と目を合わせて下さらなかったフランス旅行で何があったのかも」 ぎくりと身を強張らせたロゥに、アリスは上から宣告した。 「逃げたら承知しませんでしてよ? リリィはずぅっと怒ってるんですもの」 |