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These / 前編 |
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『って事でーお疲れ様でした! ロゥがこういうの苦手なんでオレが音頭とりまーすかんぱーい!』 笑い混じりの乾杯に、会場が賑やかになる。ようやく一段落付いた大事件の打ち上げだ。事件名はVIA捜査官吊り下げ虐殺事件と物騒極まりないものだが、犯人は無事確保され、事件開始から三ヶ月かけてここまで辿り着いた。本日付で、捜査本部も解体される。 ヴァンパイア特務機関をこんなに明るく思うのは随分、久し振りな気がする。ガーデンパーティー形式で準備された打ち上げは、経費を各ランクが出し合って準備し合った、巨大な内輪向けの集まりだ。 九月初旬、夏よりも柔らかくなった日差しを混ぜた風が吹く。夕暮れが近付く時間でもあって、気温も丁度良い。 「おいしいですよオペラこれっ」 「太るぞ」 取り皿に盛りつけたデザートの山を見て冷静に同期が警告した。うっと詰まったアンナは皿の上とオペラを見比べる。 「で、でも今日は折角の無礼講で……ご馳走がいっぱいで……」 「しかもケーキとかデザートばっかり盛りつけて、お子様そのものだな。クレスタ捜査官が見たら」 「オペラ全部あげますっ今すぐ食べて!」 迷いなく押しつけたアンナに、オペラが呆れる。 「お前はそういう所、思い切りがいいな」 「だ、だってヴィッツに見て笑われるのは太るのと同じくらい嫌ですっ!」 「で? 肝心のクレスタ捜査官はどこに居るんだ。また逃げられてるのか」 「うううううるさいですよオペラはっ! うるさくしちゃ駄目なんですからっSランクの顔出しは目立たず自然にですよ!」 「お前が言うな」 大して気分を害した様子もなく、オペラがアンナに押しつけられた皿の上のケーキを行儀良く啄む。恨みがましくアンナはそれを眺めた。 あまりこういう行事にSランクは顔出しをしない。だが、全く顔を出さないのも良くない。見たこともない顔があればSランク、と思われてしまうからだ。とにかく、Sランクの捜査官はあれだ、と先入観で思わせる事が大事なのだと先輩達は言っていた――変装した別ランクでは、あれはSランクの捜査官ではないと思ってもらう為に。だから今日はアンナもオペラも、先輩達も素顔で打ち上げに参加している。 しかし、並ぶだけで人目を引く綺麗な先輩方に目立つなと言われてもあまり説得力がないというのがアンナの正直な感想だった。 「あれ? そういえば先輩達は?」 「最後の挨拶に行った、お前が必死でケーキ選んでる間に」 「あ、そっか。SSランクの捜査官にですね、あの人達にはSランクだって素顔で捜査してた訳だから――」 そのままよく並ぶ名前を詰まらせたアンナを、オペラは白けた横目で見た。 「つまり火ノ宮捜査官達に挨拶してるんだろ。何気にしてるんだ、馬鹿」 「ば、馬鹿って……一応これでも心配してるんですよっ」 「お前に心配される程落ちぶれてない。挨拶は、仕事だろ。これからまたカグヤ先輩達は姿を消すんだぞ」 オペラの言葉にアンナも思い直す。 「そっか……事件が終わったらその事件用のメルアドと電話番号変えるの、決まりですもんねSランクの。火ノ宮捜査官とは同期でもないし、他に同じ事件抱えてる訳でもないし……」 「そういう事。カグヤ先輩は公私混同しないから、間違いなく今回の事件に使ったアドレスは消す。火ノ宮捜査官はカグヤ先輩のプライベートアドレスは知らない。このままじゃもう連絡はとれなくなる。ざまあみろってんだ」 口元で笑ったオペラにアンナは目を瞬く。 「オ、オペラも結構言いますね……?」 「お前を見習う事にした、そこら辺は」 「でもSSランク権限でいくらでも調べられるんじゃ……」 「そういう、プライドのない事しそうにないと思うけど。しても緊急時以外連絡とれないだろ、それじゃみっともなくて」 「え、え……でも火ノ宮捜査官って、ほんとにカグヤ先輩のプライベートアドレス知らないんですか? 聞いてないんですか? つ、付き合ってるのに……?」 オペラが平然としているので、あえてその言葉をアンナは選ぶ。するとオペラは視線を遠く投げたまま、アンナに押しつけられたケーキを口に半分、放り込んだ。 「付き合ってないみたいだよ」 「え、えぇ? あれ……だ、だって許嫁って」 「イコール付き合ってる、じゃないだろ。そこら辺の関係、曖昧らしい。カグヤ先輩の態度見てれば分かる」 「じゃあオペラにもチャンスあるって事じゃないですか!」 思わず拳を握ったアンナに、オペラは恐ろしく難解な顔をした。 「……そうとも言えない気がする。っていうか、物凄い落とし穴がありそうな……」 「え、でも付き合ってないんでしょう?」 「付き合ってるよりもっとタチが悪いような気が……」 「何ですかそれ?」 分からない。首を傾げたアンナに、オペラも説明しなかった。ただ物凄く難しい顔で、いつの間にかアンナに押しつけられた皿の上を空にしてくれていた。 「それより、僕らも挨拶いこう。ゼクウ捜査官に」 「あ、そうですね! ……ってオペラ……」 納得しかけてから気付いたアンナは、思わず笑う。オペラは素知らぬ顔で、それを無視した。 だからアンナも何も言わない。ようやくオペラが歩き出したのだから、結局カグヤが気になるのだろうとからかうのはやめておこうと思った。 他人の事ばかり気にして自分がおざなりになる事は多々ある。アンナの目にしたものはまさにそれだった。硬直してしまったアンナの後ろで、オペラがどういう意味があるのか分からない溜め息を吐く。 「だからゼス兄っ――聞いてねーな人の話!? ビナ姉何とかしてくれよ!」 「だめだめ、ビナはオレの味方。なー」 「そうとも限らないけど――あら」 しかも真っ先にその人がこちらに気付くのは、どういう呪いだ。 引きつったアンナとは対照的な、柔らかい大人の優しい笑みが向けられる。アンナとは初対面の筈なのに、何もかも分かったような微笑みを女神の如く向けられて、そのギャップに我に返った。 「オ、オペラ行こ」 「あーアンナちゃんだーっ!」 「ひっ!?」 色気も何もない声をアンナが上げて、ようやくヴィッツもこちらに気付いたようだった。そして物凄くめんどくさそうな顔をした――あんまりだ。 「よーアンナちゃん、初めましてーゼスカトラッド・カイロスでーす知ってると思うけど」 「は、はいっ?」 気付いたら目の前に来て顔を覗き込んできた、自分とは全く関係がない筈の相手にアンナはおろおろと視線を彷徨わせる。金髪の軽薄な笑みが様になるから始末の悪い、アンナみたいな地味な女の子には一番縁遠い相手だった。 「んーやっぱ可愛いじゃーん。Sランクは上玉多いよねぇやっぱり」 「は……あ、あ、あ、あのっ……え? か、かわ……かわいいって」 「今からヒマ? お茶でもどう? あ、ケータイ番号教えてよ」 「え、えっ、え!?」 次々に畳みかけられアンナは翻弄されて何もまともに答えられない。おろおろしているだけで長いハニーブラウンの髪を指で絡め取られてしまう。Sランクの女にあるまじき失態っぷりだ。 (えっとえっと、どうしたら――こういう時は、何だっけ、どうするんだっけ!?) 反射的に身を引いたアンナを面白がるように、更にゼスが近付く。 「オレちょーどヒマしてたんだ今ーヴィッツはこれ以上遊んでくれないって言うし。だから折角だしちょっと付き合ってくれるとうれしーかも」 「あ、あの、でもっいまっ打ち上げの最中で、それで良くないですか!?」 「そういうのとコレは違うって分かってんだろもー言わせないでよー。アンナちゃんがオッケーなら何でもしてあげちゃうっ」 「――ゼス兄っいい加減に」 「いい加減にしろってのゼス先輩! 困ってるだろその子!」 ぼかりとヴァンパイア特務機関SSランク元部長を殴ったのは、よりにもよって火ノ宮捜査官だった。それどころか心配そうな顔で、アンナは背中に庇われてしまう。 「大丈夫か? 完璧固まっちゃってんじゃんゼス先輩! どーすんだよ、アリスちゃんの後輩なんだぞこの子」 「え? へぇそーなんだ」 「は、は、……は、はい……うひゃあっ!?」 ほっとしたアンナは頷くと同時に、今度は足を滑らせた。そしてどこをどう転んだのかまともに顔面を芝生に打ち付ける。 アンナの見事なずっこけぶりを目の当たりにしたカイロス捜査官が目を瞬き、火ノ宮捜査官がぽかんとした後に慌てた。オペラの盛大な溜め息まで聞こえる。 「だっ大丈夫か? 何かすげーこけかただったけど……」 「アンナ……どうやったらお前、何もない所で顔面から転べるんだ……」 「もろ顔面いってたけど大丈夫? オレのせーかな、ごめんなーアンナちゃん。……いやしかしかわいー反応だねー初々しいね、うん」 「反省してねーだろゼス先輩! ごめんな? もーゼス先輩は近付かせねーから」 「オレはどういう扱いなのよそれ」 「何の騒ぎだレオ」 「ゼス先輩がからかって転ばせたんだよ、アリスちゃんの後輩!」 「……」 「……うーわー目が怖ぁいアウスレーゼ捜査官」 怖いアウスレーゼ捜査官だ。それだけを思い出したアンナは、顔を上げた所で気付いた。 「だ、大丈夫ですっ――あ」 ぽたりと赤い染みが緑の芝生に落ちる。鼻血だ。理解した瞬間、かあっと頬が火照った。こんな場所で、こんな凄い人たちに囲まれて――恥ずかしい。どうしていつも自分はこうなのか。真っ先に気付いたオペラが身を屈める。 「アンナ、お前は何でそうお約束なんだ――ハンカチは」 「え、えっと……あ、あ、あれどこだろう」 恥ずかしさとパニックで頭が真っ白になりかけた所で、ハンカチが目の前に出てきた。吃驚したアンナを落ち着かせるように静かな声音が、促す。 「先輩が申し訳ない。受け取ってくれないか」 アウスレーゼ捜査官のいつ見ても整った顔は、少しもアンナを馬鹿にしたり怒ったりしてはいなかった。どこまでも落ち着いたその態度に、上昇しかけていたアンナの頭の温度が下がる。 「は――は、はい……」 「ええっとそう、確かアンナちゃん! こーして、鼻つまむとすぐ止まるから」 明るく鼻の付け根辺りを摘む仕草をする火ノ宮捜査官は、優しい。そう思うのはオペラに申し訳ない気がするが、アンナは素直にそれに従った。 「そうそう。どっか座れる所ねーかな」 「探せば空いている場所は結構あるぞ。……他に痛む所や、変な所はないか?」 腰を落として丁寧に尋ねられたアンナは、無言で首を縦に動かした。 アンナの間抜けな姿が面白かったのか、何がそうさせたのかは分からない。ただ、アウスレーゼ捜査官は穏やかとも言える程に優しく微笑み返してくれた。 「ならば良かった。――カビネット捜査官に、用事か。こちらにはまだ来ていない」 「ち……違い、ます。あの、ゼクウ捜査官に、ご挨拶をと、思って」 「僕達、ゼクウ捜査官の同期なんです」 落ち着いた声音に触発されて、たどたどしいながらもアンナの口が説明を紡ぐ。オペラはそれを上手に補ってくれた。 「そうか、ゼクウの同期だったな。今、ゼクウはエルファーロと一緒に席を外しているんだ。訪ねてきた事は、伝えておこう。カネル捜査官も、申し訳ない」 「……いいえ。こいつが間抜けなだけですから」 「悪いのはゼス先輩だろ。だから気にするなよ、マジで。ごめんな? ほらゼス先輩ももういっぺん謝れ――って聞いてんのか! 何だよにやにやして」 「いーやぁ別にぃ? やっべマジ面白い。でもごめんね、アンナちゃん。そこまで吃驚されると思わなかったから」 「い、いいです、平気です」 何度も謝り怒ってくれる火ノ宮捜査官と優しい謝罪をくれたカイロス捜査官に、ぶんぶんと大きく首を振ってから、アンナはしゃんと背筋を伸ばした。鼻をハンカチで摘み座ったままという、どうしても間抜けな格好だが目は真っ直ぐに向けた。 「私こそ、申し訳御座いません。みっともないお姿を見せる事になって……駄目ですよね、こんなんじゃ。子供っぽくって」 「そんな事はない。よく似ている、カビネット捜査官に」 「え?」 アンナが聞き返しても、アウスレーゼ捜査官の笑顔は崩れなかった。 「きっと美しくなる。自信を持てばいい。――君を想う男に、同情する」 「え――え、え、えぇ……っ?」 「まてまてまてちょっと待てストップ! 今度はお前が口説いてどうするやめろその王子様モード!」 「どこが口説いていると言うんだ」 真っ赤になって再びぐるぐるしかけたアンナを再び庇ってくれたのは、火ノ宮捜査官だ。アウスレーゼ捜査官は怪訝そうな顔をしているだけで、少しも自覚がないようだった。 (し、し、し、心臓が……っ) やっぱりアウスレーゼ捜査官は怖い。心臓に負担がかかりすぎる。くらくらしたアンナを、オペラがそっと支えてくれた。そしてとても現実的な解決案を提示してくれる。 「じゃあ、僕らはこれでお暇しますので。ゼクウ捜査官に宜しくお伝え下さい」 「ええ、ゼスと後輩がごめんなさいねアンナちゃん、オペラ君。でもちょっと、お願い良いかしら」 最後でようやく成り行きを見守るだけだった、大人の女性が声をかけてきた事に、アンナは緊張する余裕もなかった。へ、と緊張感も何もない目を向けたアンナに、やはり悔しいくらいに優しい微笑みが返ってくる。 「ヴィッツにね、忘れ物を届けて欲しいの。これ」 そっと、けれど有無を言わさず渡されたのは小さなモバイルパソコンだった。いつもヴィッツが持っているものだ。見間違えない自信があるそれをアンナに渡して、ビナはやはり有無を言わさぬ口調でお願いねと念を押した。 |