These / 後編
 従兄弟が最近よく見かけるツインテールをからかいだした時、助け船を出すかどうか迷ったのは、色々理由がある。口を挟めばそれだけでややこしそうだったし、何よりゼスはそれを期待してからかっているから。そしてからかわれているツインテールの方が、Sランクの癖にこれまたみっともないくらいおろおろしていて、髪の毛まで触られてもまだちゃんと対応できない事に苛ついたから。
 だがこれは間に入らねば話が収まるまいとようやくヴィッツが踏み出した一歩は、横からかっさらわれる形になった。
 出鼻を挫かれたからといって、拗ねるのは子供っぽい。分かってはいたがどう手出しすればいいのかヴィッツが分からないでいる間に、あれよあれよと事態は進んでいき、間抜けなツインテールは出来の良い男共に囲まれ庇われていた。あれをSランクの女としての才能だと評価するなら、それはそれで正しいのだろう。
 そこで自分がその場に突っ立っている事自体が馬鹿馬鹿しくなって、ヴィッツはさっさとその場から退散した。それに気付いたのはゼスとビナだけだ。これまたゼスが何もかもを見透かしたようににやにやと笑っていたのが、ヴィッツの癇に障った。
 アンナは少しも気付いていなかった。自分がまだ敵わない従兄弟に絡まれて、自分がやはり敵わないだろう男達に助けられ庇われて、別にだからどうだと言うのだ。自分には関係ない。
 思うがままに会場を練り歩いた後、あまり人目につかないだろう物陰で、ようやく一息置いた。薄暗くなり始めた空を見上げる。
 せめて飲み物でも持っておくべきだった。今更気付いたがもう遅い。その時だった。
「ヴィッツみーつけたっ」
「はあ?」
 飲み物と、ツインテールがひょっこりと出てきた。ヴィッツが目をぱちくりさせている間に、心底幸せそうな馬鹿面がはいと飲み物と、モバイルパソコンを差し出す。
「忘れ物です。後、アップルジュース!」
「……あぁ……」
 相槌なのか返答なのか分からない言葉で、ヴィッツはそれを受け取った。それからアップルジュースを突っ返す。
「いらねーしこんな甘いモン」
「えっ? な、何でですか。美味しいのに――それにコーラとかいっつも飲んでるのに!? グレープファンタも!」
「炭酸だからだよ。炭酸抜きだと甘い飲みモン、あんま好きじゃないんで、オレ」
「じゃ、じゃあ何が良かったんですか」
 相変わらずめげない相手に、ヴィッツはいつもより殊更素っ気なく返す。
「ウーロン茶」
「し、渋いですね」
「後、ビール」
「えっお、お酒は駄目ですよ!」
「吸血鬼は十五で成人だろ」
 言い負かされたアンナは、恐らくアルコール類が駄目なのだろう。見たままのお子様だ。そこまで考えて、ふとヴィッツは俯いた。
「……嘘だっつーの本気にするな」
「え?」
「ビール。あんま飲めない、苦くて。そんな強くねーし、アルコール」
 何だかヤケクソ気味になって、ヴィッツはその場に腰を落とす。整備された芝生は柔らかい。アンナも迷わず、ヴィッツに続いてぺたんと芝生に腰を下ろした。
「……ヴィッツ……変ですよ……?」
「悪かったな。どーせ格好悪ィよオレは、まだガキだし」
 ふんといつもの嫌味口調で言い放ったが、アンナははてなを頭の上にいっぱい浮かべてヴィッツを見つめている。試されているような気分になって、ヴィッツは首の後ろをがりと掻いた。
 立てた片膝に肘を乗せて、腕で顔を半分隠して、地面を見つめる。長く長く伸びた建物の影が、夜の色と同じになりかけていた。
「だから。……あんま、あれだろ。アルコール強くないとか……飲めないって訳じゃねーし気にする必要ないんだよ、でも何か見た目と合わないだろ、オレだと。ゼス兄なんかにはよくからかわれるんだよ、ゼス兄は酒強いから。ビナ姉も強くてさ。三人で飲むとオレが真っ先に潰れるんだよ。お子様だとか何とか笑いやがって……いっつもそうなんだよゼス兄、ことある事にからかいやがって」
 喋れば喋る程墓穴を掘っている気がしたが、逆に止め所が分からなくなってきた。だから口はそのままアンナの返事も待たずに動く。
「さっきだって、意味あり気にこっち見てにやにやしやがってさ。何でも分かってるぜって顔しやがって――でもゼス兄、ほんとにできる男だし。お前だって、そう思うだろ。別にゼス兄じゃなくても――火ノ宮捜査官とか、アウスレーゼ捜査官とか、色々居るじゃんSSランクは特に。チビガキは別だけどな。だから、その――ガキっぽいって分かってんだよ、気にするのは! そういう事だっ」
 無理矢理話をぶつ切りしたヴィッツに、アンナはついにはてなが重くて支えられずに首を大きく傾げていた。もう、殆ど夜風に等しい空気がふわりとハニーブラウンの髪を揺らす。顔は見られないからヴィッツはそれを見ていた。
 花の香りがする。上等な、大人の香りではない。小さな野の花を思い出すような、可愛らしくて、ちょっと甘い匂い。
「――えぇっと。ヴィッツはカイロス捜査官が好きなんですね、大人でカッコイイから!」
「どうしてそういう結論になるんだ」
「え、だってそういう話にしか聞こえなかったですよ? ……後、アリアン捜査官のことも」
 アンナを上目遣いで伺ってしまった。泣かれたら面倒だ、そう思ったからだ。
 けれどアンナはヴィッツが想像したどれとも違う表情で、ちゃんとヴィッツだけを見つめていた。
「でも私、別にヴィッツが大人でカッコイイだけだなんて思ってませんよ?」
「……は? どういう意味だ。お前にまでガキ扱いされる筋合いないんだけど、オレより年下の癖に」
「そうじゃなくて、うーんと……あぁ、分かった」
 顔を顰めたヴィッツに考え込んだアンナが、良い言葉を思いついたのかぽんと手を合わせて、それから嬉しそうに微笑んだ。
「カイロス捜査官とか、他の捜査官も格好いいのは分かりますけど、私がときめくのは断然ヴィッツの格好良さですから!」
 力説するアンナに一歩遅れて、ヴィッツの反応が身体中を巡った。
(う――)
 オレちょっと待てストップ、と顔を伏せる。これは違う、間違った反応だ。とにかく違う、絶対違う。この女の馬鹿さ加減に呆れ返って顔が上げられない、それだけだそうに違いない。
 大体ときめくとは何だ。どきどきする事か――ああそうだろう、この女は自分を好きだからそういう風になるんだろう。何もおかしな事じゃない。
「あの……ヴィッツ?」
「――お前馬鹿」
「えぇっ? な、何でですか。ほんとの事言っただけなのに」
「うるせーな馬鹿は馬鹿なんだよっ! バツとして、ウーロン茶持ってこい今すぐ!」
「はっはいぃっ」
 慌てて敬礼したアンナが立ち上がり、ばたばたと慌ただしく駆け足でその場を立ち去った。ヴィッツは顔を半分、腕の中から出して周囲を見渡す。すっかり辺りは暗くなっていた。
 一気に気が抜けて、溜め息が出る。長くなってきたくせっ毛の前髪を掻き上げ、落ち着かない視線をうろうろと泳がせた。
「……ほんと、マジで疲れるあの女……付き合ってられるか」
「そんな言い方しなくても……」
「――ッ戻ってくるの早すぎるお前!」
「えっご、ごめんなさい! すぐ近くに飲み物あったから」
 反射的に謝ったアンナは、きちんとウーロン茶が入った缶を持っていた。冷えたそれを受け取りつつヴィッツが苛立たし気に目を反らしていると、今度はヴィッツの隣でアンナがそわそわし出すのを気配で感じた。
「……何だよ」
「あ……あの、あのですねヴィッツ。その……今日、花火上がるって、知ってます?」
「知ってるけど。もうすぐだろ」
 どこから予算を出してきたのか、今回の打ち上げは花火まで打ち上げるらしい。適当に返事をしたヴィッツにぱっと顔を輝かせたアンナが身を乗り出す。
「さっき、あっちの方がよく見えるって聞いたんです! だから、その……」
 勢いをあっという間になくして、アンナはもじもじとし出した。その先に続く台詞などもう殆ど決まっているのに、何故躊躇するのか。さっきの台詞こそ躊躇すべきだろうに、やはりこの女は訳が分からない。
 それは断られたらどうしようという、相手の返事が待ち受けるものだからだと、ヴィッツはまだ気付けない。
「……一緒に見たいー、だろ。想像つくんだよ馬鹿。ひねりもない」
「う……だ、駄目ですか?」
「もう室内入りたい。エアコン効いてない所にこれ以上居られるか。仕事だって残ってるんだよ、山積み。忙しいんだよオレは」
「うぅ……」
 しょぼんとアンナが萎れてしまうと、最近ツインテールを犬の耳か何かかと錯覚する。小動物と化した女の子の目の前で、無情にヴィッツは立ち上がった。ぱんぱんと、尻を払うヴィッツをアンナがちょっと恨めしげに、上目遣いで見上げる。使い方さえ間違わなければ、全ての女の子が持っている最凶の仕草。生憎、アンナは使う相手を間違えているのだが。
「……いつもの部屋からでも、見られるだろ。窓の方角はあってる」
「え?」
「それでよけりゃご勝手に」
 みるみる内に表情を変えたアンナが、歩き出したヴィッツに慌てて腰を上げる。ぱたぱたと後ろから駆けてくる音にも、もう慣れてきてしまった。
 だからヴィッツは大人の男になる為に、ほんの少しだけ、歩調を緩めてやる――今日だけだぞ、と思いながら。



  >>>[These]END

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